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下記の作者の作品をお取り扱いしております。

竹久 夢二
数多くの美人画を残しており、その作品は、 「夢二式美人」と呼ばれ、大正浪漫を代表する画家。

山元 春挙
明治から昭和初期にかけ手活躍した日本画家 近代京都画壇の重鎮として、竹内栖鳳と並び 称される存在。

オノ ヨーコ
1933年生まれ。53年ニューヨークに渡り活動を始める。60年代はじめからフルクサスの活動にも参加。62年ジョン・ケージの演奏旅行に伴って帰国。その後2年ほど日本に滞在し、64年「グレープフルーツ」を出版。66年ニューヨークからロンドンに拠点を移す。69年ジョン・レノンと結婚。70年ニューヨークへ戻り、現在もニューヨークを拠点に活動中。 2000年ニューヨークのジャパン・ソサエティ・ギャラリーを皮切りに、日本においても大規模な回顧展「YES オノ・ヨーコ展」が巡回。

ニコラ  ド・スタール
:ロシアの大貴族出身の軍人家庭に生まれ。1919年、革命に追われ、一家はポーランドへ。その後、両親と財産を失い、ベルギーの実業家に引き取られる。ブリュッセルの王立美術学院に学び、1943年、再びパリへ。画商のジャンヌ・ビュシェという理解者を得て、大きなアトリエを確保。ブラックらと親交をもち、ド・レスキース画廊の「抽象絵画」展に出品。1948 フランス国籍を得る。 1950ストラヴィンスキーら音楽家、詩人らと知り合う。1955 アンティーブ美術館での個展の準備中に投身自殺。

ジョルジュ ブラック
1882 パリの装飾画家の家庭に生まれる 家業のペンキ職人の見習いをしつつ美術学校で学んだ後、パリに出る。フォービズムに参加。1907 画商のカーン・ワイラーと契約、ピカソを紹介される。ピカソが制作中の『アヴィニョンの娘たち』を見て感慨を受け、フォービズムを離れ、キュビズムの世界へ向かう。1908 カーン・ワイラー画廊で初めての個展となり、キューブといわれる最初となる。ピカソと共同で家を借りて制作。

クリスト& ジャンヌ=クロード
クリストはブルガリア生まれ。ジャンヌ=クロードはモロッコ生まれ。共に1935年6月13日生まれ。構想をクリスト、実行する際の各機関への交渉をジャンヌが担当。構想から実行まで数十年を費やしてまで、とにかく梱包するアーティスト。ドイツ国会議事堂、ポン・ヌフ橋などを梱包。1991年に茨城県とカリフォルニアで『アンブレラプロジェクト』を、2005年にはニューヨークにて『THE GATE』を実現させた。プロジェクト実行のための費用は、すべてアーティストが捻出している。

マルク シャガール
現在ベラルーシ共和国に生まれる。サンクトペテルブルクの美術学校に学び、23歳の時、パリに出て、アカデミー・ジュリアンに通う。ピカソと知合い立体派の感化を受けたが、やがて幻想を主題とする画風を作り、シュールレアリストからの支持を得る。1985年、97歳で亡くなるまで、絵画だけでなく、版画、陶芸、パリ・オペラ座の天井画など多彩な創作活動を続けた。

パブロ ピカソ
1881年スペイン地中海の町マラガに生れる。バルセロナの美術学校に学ぶ。1901年から青色を主に使う「青の時代」が始まり、1904年にパリの「洗濯船」と呼ばれたアトリエで制作。その後、色調が明るい「桃色に時代」に入り、そして、「キュビズム」に入る。その時に「アヴィニオンの娘」を制作。次第にシュールレアリスム運動に接近して「メタモルフォーズの時代」に入る。そピカソは生前、15,000種類の創作を行い、版画は2,000余種類を制作した。最も多作な画家であるとギネスブックに記されている

ジョアン ミロ
バルセロナ近郊に生まれる。バルセロナのガリ美術学校で学ぶ。1919年、パリに渡り、ピカソに会ってキュビズムの影響を受けたが、1924年以降はシュルレアリスムの展覧会にも参加し、超現実的な雰囲気が支配する作風に入る。シュルレアリストに分類されるのが通例だが、彼の描く人物、鳥などを激しくデフォルメした有機的な形態、原色を基調にした激しい色使い、あふれる生命感などは、古典的・写実的描法を用いることが多い他のシュルレアリストの作風とは全く異なり、20世紀美術に独自の地位を築いている。

マン レイ
1890年アメリカ・フィラデルフィア生まれ。1915年、マルセル・デュシャンらとニューヨーク・ダダとしての活動を開始。デュシャンとともに雑誌『ニューヨーク・ダダ』(1921年)創刊。キリコ、ダリ、デュシャン、エルンスト、マグリット、ミロ、ピカソ等と共に「シュールレアリスム展」に参加。カメラを使わずに、物体を直接露光する「レイヨグラフ」を考案した。1921年、パリへ移住。シュルレアリスム関連の作家とも親交を深めた。絵画、オブジェ、ファッション写真などなど、様々な表現手法で作品を制作した。

エドワルド ムンク
1863ノルウェー生まれ。病・死のイメージを作品に注ぎ込み、自己告白と心理的暴露を表現を形成していく。1900代日本、雑誌「白樺」におけるムンクの紹介、ムンクを生みだした北欧の思想的背景であるイプセンを、早稲田大学坪内逍遙が紹介し大流行する。イプセンの受容も日本において重要な役割をはたす。夢二とムンクの組み合わせは、以外に思われるが、「夢二画集 春の巻」の出版元が、翌年「白樺」を出しており、両者の距離は非常に近かった。夢二のスクラップには、ムンクの図版の切り取りが多数あったと報告がある。

ロバート ラウシュンバーグ
1925アメリカ生まれ、2008年没する。1948ジョセフ・アルバースに師事。1953自ら「コンバイン・ペインティング」(廃品を貼り付けたキャンバスに描く)と呼ぶ、オブジェと抽象風タッチを同存させた作品を制作。1954 ジャスパー・ジョーンズと知り合う。その紹介でレオ・キャステリと知り合う。1962シルクスクリーン・ペインティングに着手。コラージュ的なイメージの取り込みが、次第にポップ・アートに影響を及ぼし、ネオ・ダダの重要人物と高い評価を受ける。1964ヴェネツッア・ビエンナーレで大賞受賞。

ザ ドットマスターズ
現在、イギリスで活躍中のストリート・アーティスト。ピカソ美術館、テートモダン、 バロセロナ現代美術館の壁など、公共の場の 壁に作品を描いている。2008に、バンシー主催のCan Festivalに参加し、名声があがる。ニック・ウオーカーとのコラボレーションも行っている。

荒木 経惟
通称「アラーキー」の名で呼ばれ、独特のエロス観と情愛で、ごく日常の中にある裸体・猫・花・風景などの撮影を得意とする。

バンクシー 
英プリストル出身。プロフィールは非公開。 いま最も世界が注目している、アーティスト。2009年プリストル美術館で初の回顧展を 開催した。

ジョセフ アルバース
ジョセフ・アルバースは代表的な「正方形へのオマージュ」という作品をはじめとして、後のオプティカル・アートやミニマル・アートに多くの影響を与えた作家です。 アルバースはバウハウス(ドイツの総合美術学校)で学び、後に自ら教鞭を執り、後進の育成にも貢献しました

ルネ マグリット
「イメージの魔術師」と呼ばれるマグリットは、シュルレアリスムを代表する画家である。 画家自身の言葉によれば、「目に見える思考」であり、世界が本来持っている神秘(不思議)を描かれたイメージとして提示したものである(デペイズマン)。この点は、夢や無意識の世界を描き出そうとした他のシュルレアリストとは異なっている。

バスキア ジャン=ミシェル
ニューヨーク市で生まれたアメリカの画家。 17歳の頃から地下鉄、スラム街地区の壁などにスプレーペインティングを始める。 スプレーペインティングは評価され、キース・ヘリング、バーバラ・クルーガーの助力でニューヨークで個展を開くようになった。 1983年にはアンディ・ウォーホールと知り合い、作品を共同制作するようにもなる。 バスキアは徐々にヘロインなどの薬物依存症に陥り、妄想癖が見られるようになった。 1988年、薬物依存により27歳で死去。

デ クーニン
1904-97。オランダ、ロッテルダム生まれ。抽象表現主義の代表的画家。ロッテルダム美術工芸学校に学んだ後、26年アメリカに密入国。50年代前半には『女』の連作で激しい筆致の絶望的な人間像を表現。無意識の領域を探るオートマティスムの手法を採ったことにより、ジャクソン・ポロックとともに抽象表現主義の二大巨匠と呼ばれる。

ピエト モンドリアン
1872年3月7日 - 1944年2月1日 19世紀末-20世紀のオランダ出身の画家。ワシリー・カンディンスキーと並び、本格的な抽象絵画を描いた最初期の画家とされる。 作風は、表現主義の流れをくむカンディンスキーの「熱い抽象」とはまったく対照的で、「冷たい抽象」と呼ばれる。水平と垂直の直線のみによって分割された画面に、赤・青・黄の三原色のみを用いるという原則を貫いた一連の作品群がもっともよく知られる。

岡田 謙三
明治35年生まれ。大正13年フランスに留学。エコール・ド・パリの影響を受けた後、具象と抽象を超越した「幽玄主義(ユーゲニズム)」を発展させ、ニューヨークで世界的な画家となった岡田謙三。カーネギー国際美術展,ベネチア-ビエンナーレなどおおくの国際展で受賞。昭和57年死去。79歳。 あのロックフェラーが、岡田の作品を買いあさった。

棟方 志功
1903年(明治36年)- 1975年(昭和50年) 日本人の板画家。青森県出身。20世紀の日本美術を代表する巨匠の一人。 1942年(昭和17年)以降、彼は版画を「板画」と称し、木版の特徴を生かした作品を一貫して作り続けた。

ニクラウス ストックリン
スイスのグラフィック・デザイナー。 ロイピンらと共に、バーゼル派を創設。

レンブラント ファン レイン
17世紀を代表する、オランダの画家。 大画面と明暗を画面上に強く押し出したルミニズムの技法を得意とし、「光の画家」「光の魔術師」(または「光と影の画家」「光と影の魔術師」)の異名を持つ。油彩だけでなく、エッチングや複合技法による銅版画やデッサンでも数多い作品を残した。

アルフォンス ミュシャ
アールヌーボーを代表するグラフィクデザイナー。代表作は、舞台女優サラ・ベルナールの芝居のために作成した「ジスモンダ」のポスターである。威厳に満ちた人物と、細部にわたる繊細な装飾からなるこの作品は、当時のパリにおいて大好評を博し、一夜にして彼のアール・ヌーヴォーの旗手としての地位を不動のものとした。

歌川 芳藤
文政11年(1828年) - 明治20年(1887年))は、江戸時代から明治時代の浮世絵師。 歌川国芳の門人。「武者両面合わせ」のような武者絵、はしか絵を描いた。また、子供向きの組上絵、玩具絵、双六といったものや、明治開化絵も数多く描いているが、何といっても、玩具絵の工夫に向いていて、「玩具絵の芳藤」として、最も良く知られている。但し、この玩具絵は、子供たちが使用して、使い終われば捨てられるという運命のものであったため、大半は消失して、現在まで残されているものは極めて少ない。享年60。

プリヴァ リヴモン
1861年生まれのベルギーの画家。アール・ヌーヴォーのポスターで有名。 象徴主義の画家として、早い時期(1896年)からアール・ヌーヴォーを試みた。多数のポスター(受賞したものも多い)から、「ベルギーのミュシャ」と目された。

ドナルド ブラン
1909年スイス生まれ。グラフィックデザイナー、イラストレーターそして写真家。 スイスで最も成功した一人に挙げられ、特に、ポスターデザインの大御所として知られている。

アンディ ウォーホル
アメリカの画家・版画家・芸術家でポップアートの旗手。ウォーホールとも表記。銀髪のカツラをトレードマークとし、ロックバンドのプロデュースや映画制作なども手掛けたマルチ・アーティスト。本名はアンドリュー・ウォーホラ(Andrew Warhola)。 (1928年8月6日 - 1987年2月22日)

浜口 陽三
日本の版画家。銅版画の一種であるメゾチントを復興し、カラーメゾチント技法の開拓者として国際的に評価が高い。創作活動の最盛期には豊かな髭を蓄え、葉巻の愛好家としても知られていた。

キース ヘリング
アメリカの画家である。ストリートアートの先駆者とも呼べる画家で、1980年代アメリカの代表的芸術家として知られる。1980年にニューヨークの地下鉄構内で使用されていない広告掲示板に黒い紙を張り、その上にチョークで絵を描くというサブウェイ・ドローイングと呼ばれる活動を始めた。そのシンプルな線でリズミカルに書かれた絵はニューヨークの通勤客の間で評判となり、キースの名が知られるようになった。

奈良 美智
1959年12月5日生まれ。、青森県弘前市出身の画家・彫刻家。世界的に評価されているポップアート作家で、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に作品が所蔵されるなど日本の現代美術の第二世代を代表するひとり。女の子をモチーフにしたドローイングやアクリル絵具による絵画で知られる。

ポール  ゴーギャン
1848年,パリに生まれ。株式仲買人(証券会社の社員)となり勤め人として、趣味で絵を描いていた。印象派展には1880年の第5回展から出品しているものの、この頃のゴーギャンはまだ一介の日曜画家にすぎなかった。株式相場が大暴落して仕事に不安を覚えたとき、安定した生活に絶対的な保証はないと気付き、勤めを辞め、画業に専心するのは1883年のことである。

曲亭 馬琴
江戸時代後期の読本作者。 代表作は『椿説弓張月』『南総里見八犬伝』。ほとんど原稿料のみで生計を営むことのできた日本で最初の著述家である。

ピエール=オーギュスト ルノアール
フランスの印象派の画家である。代表作の多くは人物画である。初期にはアングル、ドラクロワなどの影響を受け、モネらの印象主義のグループに加わるが、後年は古典絵画の研究を通じて画風に変化が見られ、晩年は豊満な裸婦像などの人物画に独自の境地を拓いた。

クロード モネ
印象派を代表するフランスの画家。「光の画家」の別称があり、時間や季節とともに移りゆく光と色彩の変化を生涯にわたり追求した画家であった

エドガー ドガ
ドガは通常印象派の画家の一員と見なされている。光と影の変化をキャンヴァスに写し取ろうとしたモネのような典型的な印象派の画家たちと異なり、ドガの制作の基盤はあくまでもルネサンスの巨匠や、熱烈に信奉したアングルの画風にあった。

アントニ タピエス
アントニ・タピエス(1923,12,23-2012,2,6)はスペインの現代芸術家。 スペイン・バルセロナ生まれ。20世紀の現代美術の巨匠の一人と言われている。 激しい感情を、キャンバスに具象的でない方法で叩きつけるように表現する抽象表現主義の画家。

コンセプトアート (原画/ 試作品 )
映画、アニメーションなどで使用するデザイン・アイデア・イメージなどを最終製品として仕上げる前に視覚化して伝えることを目的としたイラストレーションなどの一つである。 1930年代にはディズニー・アニメーションで「コンセプト・アート」の語が使用されている。